サステイナブルコミュニティ・ツーリズム創出の背景

――― 様々な国の地域コミュニティが、グロ-バリズムに否応無く巻き込まれ、危機に瀕している
グローバリズム、グローバルエコノミーで、現代の世界は密接につながり、物質的経済の繁栄を至上として競ってきた。しかし、その裏面おいて、都市部への人口集中と格差の拡大、また地域社会の経済圏、生活圏、伝統文化圏などの荒廃が深く、静かに進行しているという現実もある。また、その過程は伝統的、地政学的なものに根ざした生活様式が育んできた、住民のコミュニティの一員であることでの心理的な安心感や充足感を、不安、恐怖、不満、諦めなどの感情に置き換えてきた過程でもあった。翻って、現代、それはまた、地域内や国家、世界の安全保障を脅かすことの不可視な一因となってきているとも言えよう。  各国、各地域の政治的、社会的及び歴史的な条件の違いにより、地域が直面している状況は様々ではあるが、根底にある一つの共通の現象として、地域コミュニティの存在意義の変質と崩壊という顕著な兆候が表出してきている。
――― 地域コミュニティの目に見える危機と、目に見えない危機
また、地域のコミュニティが否応無く外からの影響に巻き込まれ、その持つ重大な機能と意味の変質に直面しているこの状況には、2つの側面が存在するであろう。 一つは、町並み、農地、後背地、環境などや、商工業、経済活動などの人が住み、仕事をする場所としての景観や経済指標、社会指標などにもあらわれる地域コミュニティの課題の可視の側面、そしてもう一つ見落としてはならない側面として、地域コミュニティの重要な存在意義を支えてきた不可視な部分、地域文化としての「つながり」の崩壊である。近年「社会関係資本」という言葉で、米国での膨大な資料に裏づけされた、人と人のつながりの崩壊が詳述されているが、(Putnam, Robert D. Bowling Alone邦題「孤独なボウリング―米国コミュニティの崩壊と再生」)地域コミュニティにとっての人と人のつながりはもちろんであるが、実はその背後には、人と伝統文化とのつながり、暮らしの流儀や、生活文化とのつながり、地域独自の景観とのつながり、地域の芸術や芸能とのつながり、共有されてきた死生観とのつながり等々その崩壊は、地域に住み続けることの誇りと愛着を失わせ、表出してきている様々な課題の根幹として、コミュニティの深奥に横たわっている。 地域コミュニティの究極的な役割のひとつとして、そこで生まれ、育った者が、多くの選択肢を持ちながらも、その地で家族を持ち、誇りと愛着を持って住み続け、次世代へ継承することを選ぶことを可能とさせること、又望む者がその地へ来て、同じように住み続けられることとするならば、前述の問題に直面している現代では、その手段は既存の地域経済活性化、発展の概念の基準だけをもってしては難しくなってきていると言えよう。 しかし、そのような中で、各国でグローバルエコノミーの負の影響に左右されないよう、地域コミュニティの持続可能で自立的な存続を目的に、その地域の独自な生活文化を活かした、市民セクターによる様々な取り組みも散見されはじめているが、残念ながら、それはともすれば、ローカリズムの中に埋没し、疲弊しがちな傾向があり、時として単なる懐古趣味として広がりを見せないまま徒労に終わることも多く見受けられることから、今回サステイナブルコミュニティ・ツーリズム創出を契機としてネットワークを作り、互いに支援をしあえる端緒となればと願うものである。